ささやかな話

好きなもののことばかり書こうと思います

猫に咬まれた日

今週のお題「ケガの思い出」

 

保護猫カフェから猫を迎えてひと月半ほど経った頃、カフェのスタッフさんからイベントのお誘いをいただいた。

カフェが移転してきれいになったので、そのお祝いを兼ねて里親さんたちで集まりませんか、困ったことなどがあれば相談にも乗りますという内容だった。

猫は連れてきてもよいし、人間のみでもよいとのことだった。

 

その頃のうちの猫は、新しい暮らしにだいぶ慣れてきてはいたものの、テレビ番組や動画などで猫が映ると画面に釘づけになっていたし、猫が消えると「どこに行ったの?」と瞳をきらきらさせて、テレビの裏や隣の部屋まで探しに行くような状態だった。

なのでこちらも、他の猫に会いたいのかな、1匹では寂しいのかな、とひそかに心を痛めていた。

 

ちょうどタイミングも合ったので、猫と一緒にイベントに参加することにした。

 

当日は行きの車(猫好きの友人に運転してもらった)の中でひたすら鳴き続けていたので不安だったが、かつて一緒に暮らした猫さんたちや、お世話になったスタッフさんたちに会えばきっと元気になるだろうと思っていた。

 

大間違いだった。

 

知らない場所や知らない人間たちがよほど怖かったのだろう。

ベンチの下など隠れられそうなところを探してうろうろした後、猫たちのトイレ用の隠れスペースに籠り、そのまま出てこなくなってしまった。

 

ごめんな、完全に人間が悪かったよ

 

人間は後悔しつつ、他の猫さんたちを愛でていた。

良かれと思って連れてきたつもりだったのに、大失敗だった。

 

帰りの車でも鳴き続ける猫に、ごめんね、もう少しだからねと声をかけつつ、ペットキャリーのメッシュ越しによしよしと背中を撫でていた、そのときだった。

 

思わず大声で叫ぶほどの痛みだった。

猫は一瞬「しまった」というような顔をして鳴くのをやめた。

咬まれた中指からだらだらと血が流れた。

 

家に着いて、あわてて傷口を洗って消毒する。

猫はすぐにこたつに籠って、傷ついた心を癒しているようだった。

 

血はすぐに止まったが、指は徐々に腫れてくる。

土曜の夜だったので、近くの整形外科や皮膚科はもう終わっていた。

多少遠くても診てくれる病院に行くべきか。

「パスツレラ症」などを検索して、パスツレラ菌はたしか通性嫌気性菌だったなと、『動物のお医者さん』で仕入れた無駄知識を思い出したりしていた。

猫は落ち着いたようで、こたつから出てきてごはんを食べ、紐にじゃれて遊んでいた。

 

幸い、腫れは翌日に治まった。

念のため近所の病院を受診したが、そこまでひどくない傷だったので、薬をもらって終了した。

猫は何事もなかったかのようにテレビを見たり、紐で遊べと言ってきた。

 

それから7年以上経つけれど、猫を家から連れ出したのは、動物病院と人間の引っ越しのときだけだ。

 

猫にとって、本気になれば人間の息の根を止めるくらい造作もないことなのに、いつもすりすりごろごろしてくれている。
猫のやさしさに生かされている。

 

今日も元気に家を守ってくれていてありがとう。

 

2025年の七味五悦三会

書きたいことはいくつかあるものの、頭の中がなかなかまとまらないなと思っているうちに、もう大晦日になってしまった。

去年と同様、「七味五悦三会(ひちみごえつさんえ)」を振り返ることにする。

 

七味

誕生日のフォンダンショコラ

誕生日にちょっといいレストランでランチのコースをいただいた。

どの料理もおいしかったけれど、デザートのフォンダンショコラが驚くほどおいしかった。

濃くてみっしりと重たいイメージがあったのに、予想外にふわっと軽くて、中のチョコレートはとろりとしていて、感動してしまった。

たまには贅沢してみるものだ。人のお金だけど。

 

いちごサンドよ永遠なれ

近所のお気に入りのサンドウィッチ屋さんが、この年末に閉店してしまった。

クリームをたっぷりはさんだフルーツサンドや、たまご・ツナ・ハムといった定番のサンドに加えて、季節限定や曜日限定のサンドもあって、通うのが楽しかった。

とくにいちごサンドが好きで、年明けから春まで販売されていたので何度もリピートしていた。

来年はもう食べられないのかと思うと、ただ寂しい。

 

崎陽軒のあんずゼリー

崎陽軒といえばシウマイだが、期間限定であんずゼリーを販売していると聞いて、9月末の終売ぎりぎりに買いに行った。

みずみずしいあんずピューレに、ごろっとしたあんずの果肉入り。

お馴染みのひょうちゃんの形の寒天も入っていて、見た目もかわいい。

毎年の恒例にしたいおいしさ。

 

今年もまたグミをよく食べた

今年の個人的なベストは、カンロのピュレグミプレミアムのダブルメロン。

プレミアムはどれもおいしいので、期間限定が出るとすぐに買っているけれど、その中でもこれがいちばん好きな味だった。

外側が青肉、中身が赤肉という違いも楽しめて、かなり本格的なメロン味。

 

五悦

猫との暮らし

猫を迎えて丸7年になった。

春〜夏は何度か体調を崩してしまい、もう高齢期(推定)だからかと心配していたけれど、秋になってから落ち着いて、食欲も旺盛でほっとしている。

寝るときは布団のど真ん中を占領してくるし、忙しいときに限って尻を叩けと要求してくるし、朝は頭にかじりついてごはんを催促してくるけれど、ひたすらかわいい。

仕事のストレスで倒れそうな時期も、猫のおかげで辛うじてメンタルを保つことができた。

長く穏やかに元気でいてほしい。

 

ゆるっと図書館

最寄りの図書館がリニューアルして、いい機会なので利用者カードを作った。

もしかしたら学生のとき以来かもしれない。

面白そうな本を見つけたら今度借りようとメモしておいて、でも行ってみると気が変わってまったく違う本を借りて帰ったりして、しかも読み切れないまま返してしまうことも多いけれど、そんな感じでゆるく利用できるのもありがたい。

今年借りた本の中でいちばん引き込まれたのは、夏目漱石の『こころ』。

高校の夏休みに課題図書として読んだときも衝撃だったけれど、あらためて読んでみるとまた衝撃で、一気に読み終えてしまった。

 

EXPO '85

大阪の万博で盛り上がった一年だった。

個人的にはまったくその波に乗れなかったが、代わりに40年前の万博の波に乗っていた。

1985年のつくば科学万博。

その会場の跡地に建てられたつくばエキスポセンターで、40周年の記念展示が行われていたのだ。

当時、未来感あふれる映像をテレビで見てわくわくしつつも、実際に行く機会がなかったので、その心残りを少しだけ解消できたような気もした。

マスコットのコスモ星丸もかわいい。

あの頃の夢と希望が詰まっている。

 

三会

分室飲み会

今年も引き続き週2回ほど分室に出社していた。

人の入れ替わりもあって、1〜2か月に一度のペースで飲み会が開催されたので、居候の身ながら毎回参加させてもらっていた。

日本酒の好きな人がいるので、いろいろな地酒を少しずついただけるのも嬉しいし、家から近いので、帰りが楽なのもありがたい。

 

それにしても、新しいことをしないと、新しい人にはなかなか出会わないことを確認した。

知ってたけど再確認(©️SLAM DUNK)。

 

猫も気にするサンドウィッチ

 

今年はぎっくり腰に見舞われて、ただでさえ崩れがちな予定がいつも以上に崩れた一年であった。

その分、動けるうちに動いておかないと何もできなくなるという危機感の高まった一年でもあった。

 

先が思いやられるが、なるべく気を遣いつつ、引き続き猫を愛でようと思っている。

自由と格闘する夏

今週のお題「夏休みの宿題」

 

夏休みの宿題と聞いて真っ先に思い浮かぶのは、母の顔だ。

毎年8月31日になっても宿題が終わっていなくて、いつも母に怒られていた。

 

ちびまる子ちゃん』に、同じように8月31日になっても宿題が終わっていないまるちゃんのエピソードがあった。

お母さんに怒られながら、家族みんなに手伝ってもらって宿題を片づけるまるちゃんの姿は、とても他人事とは思えなかった。

 

と言っても、まるちゃんのようにすべてをぎりぎりまで放置していたわけではない。

算数のドリルとかアサガオの観察日記のようにやることが決まっているものは、むしろ早めに終わらせていたと思う。

どうしても最後まで手をつけられなかったのは自由研究だ。

 

「自由」は難しい。

無数の選択肢の中から何かを選び出す難しさ。

ゼロから何かを生み出すことの難しさ。

 

小学校も高学年になってからはさすがに手伝ってもらえなくなったが、それまでは8月28日あたりになると、母が怒りながらもネタを授けてくれるのが常であった。

 

小学3年生のときに作った、母のふるさとでの滞在記は、いまだに手元に残している。


子どもの頃は毎年夏休みになると、母のふるさとである山形県鶴岡市に1週間ほど遊びに行っていた。

そのときのことを絵本のようにしてまとめたらと母が提案してくれたのだ。

ありがとう、母よ。

 

滞在記は、朝早く東京駅に行って新幹線に乗るところから始まり、下記の構成で書かれている。

 

登場人物(親戚一同)の紹介

人10人・犬2匹・猫1匹が、独断と偏見に満ちた文章で紹介されている。

伯父が朝ごはんを食べずに会社に行くことがあるとか、伯母が「じゃりン子チエ」のような髪型をしているとか、いま読むと他に書くことがあっただろうと思うけれど、当時の自分にとってはそこがポイントだったのだろう。

 

犬と猫の観察記

団地住まいで犬も猫も飼えなかった自分にとって、親戚の家のかわいい子たちとふれあえるのは大きな楽しみだった。

思いが募りすぎて距離感をだいぶ間違えていたので、彼らにとってはストレスもあったに違いない。

その点は反省している。

寝ているときはみんな仲良く寄り添っているのに、起きると喧嘩をはじめたり、おやつを取り合ったりしていた様子が思い出されてほほえましい。

 

庄内弁調査

母は鶴岡に帰ると庄内弁全開になった。

姉妹できゃっきゃしながら早口でしゃべるので、ネイティブでない自分にとっては半分くらい外国語を聞いているようだった。

いちいち「それってどういう意味?」と話の腰を折ってうるさがられたけれど、その成果がここに現れている。

 

お祭りレポート

鶴岡公園で行われた夏祭りの様子。

いつの間にかネットミームになってしまったが、鶴岡公園庄内藩主の居城だった鶴ヶ岡城の跡地に整備された由緒ある公園だ。

この年は、市内の高校の美術部の人たちが作った大きなお城が飾られていたようだ。

 

表紙はいろいろな柄の和紙を貼り合わせて仕上げた。

これも手先が器用だった母の案だ。

残念なことに、母の良いところはひとつも受け継いでいない。

 

正確には「研究」と呼べるものではないけれど、あの頃の個人的な記録としては、作っておいてよかったなと思う。

 

上越新幹線にまだ「あさひ」が走っていたこととか、高校生のいとこが髪を茶色に染めていて近寄りがたかったこととか、「うすけね子だ〜」の意味を知ったときの気もちとか、さまざまな記憶があふれだしてくる。

 

ちなみに、苦手なことにぎりぎりまで手をつけられない癖は、大人になってもなかなか抜けていない。

 

かわいくて大好きだった子たち

弱小バドミントン部のささやかな逆襲

今週のお題「部活」

 

中学生の頃は、部活のためだけに学校に行っていた。

 

と言っても、たいした結果が残せたわけではない。

いつも地区大会1回戦負け、良くて2回戦負けが続いて、最後にやっとベスト4に入れただけだ。

 

それでも、あれだけがむしゃらに何かに取り組むことはあのときにしかできなかったし、貴重な時間だったなと思う。

 

入部した当初は、頑張るつもりはまったくなかった。

運動は好きだったけれど、体育会系の上下関係には馴染めそうになかったし、ハードな練習もしたくなかったので、いちばんゆるそうなバドミントン部を選んだ。

同じようにゆるさを求めた人が多かったのか、1年生だけで30人くらいの部員がいた。

 

体育館はバスケ部やバレー部や卓球部と共同で使うことになっていて、何しろ圧倒的に弱いので、優先的には使わせてもらえない。

全面(コート3面)使えるのが週1回、半面(コート1面半)使えるのも週2回くらいだった。

 

体育館が使えない日は、外でランニングや筋トレをする。

筋トレはつまらないので、みんなさぼりがちになる。

先輩も幽霊部員ばかりでほとんど顔を出さなかったので、さぼってもとくにお咎めはない。

 

体育館が使える日でも、一気に30人が集まると芋洗い状態になって、なかなかコートに入れない。

コートの外でシャトルリフティングをしたり、壁打ちをしている時間のほうが長くなる。

そんな調子だったけれど、みんな下手なりに楽しくシャトルを打っていた。

 

変わったのは、2年生の秋のことだ。

 

地区大会ベスト4の中学と対戦したとき、そこの応援団にけっこうな勢いで野次られたのだ。

負けるのはいつものことだったけれど、試合に出ていない人にまでこんなに馬鹿にされるのかと驚いたし、悔しかった。

帰りに喫茶店でめそめそしながらピザトーストとチョコサンデーを食べて、もっと強くなるために有志で朝練をしようと誓い合った。

 

映画や小説だったら、ここから弱小バドミントン部の逆襲が始まるところだけれど、現実はそうはいかない。

 

まず、朝でもやっぱり体育館が使えない。

 

関東大会の常連だった卓球部が毎朝練習していたのだ。

せめて週2回、コート1面だけでも使わせてもらえないかと掛け合ったが、却下されてしまった。

卓球部の実績が眩しかった。

 

仕方なく学校の近くの公園に集まったものの、シャトルはとても軽いので、少しでも風が吹くとあさってのほうに飛んでしまい、ほとんど練習にならない。

 

シャトルなしでもできることをひたすらやる。

ランニング、筋トレ、素振り、フットワーク。

いまなら動画でいろいろ調べられるけれど、当時はネットすらなかったので、『バドミントンマガジン』を折半で購入して、解説記事を熟読して、ああでもないこうでもないと話し合ってメニューを決めていた。

 

目標ができると筋トレも面白くなって、外練もまじめにやるようになる。

家でも毎日、腹筋・背筋・腕立て伏せ・スクワットを続けた。

父親は誕生日に4kgの鉄アレイをプレゼントしてくれた。

しかしそこまでムキムキになった記憶もないので、きっと鍛え方が間違っていたんだろう。

 

冬の間は相変わらず勝てなかった。

寒くなるにつれて、朝起きるのも億劫になる。

布団の中から出たくない。

さぼったら罰ゲームとしてお菓子をおごることに決めたけれど、やっぱりみんな何度か寝坊してしまった。

 

それでも、誰も「もうやめよう」とは言わず、春まで続けた。

 

それを先生たちが知ってくれたのか、引退前の2か月だけ、朝練で体育館を使う許可が下りた。

風もなく、広々と使えるコートのすばらしいことよ。

 

最後の地区大会の結果は、冒頭で書いたとおりだ。

それまで負け続けていたのが嘘のように、あれよあれよという間に勝ち上がった。

野次ってきた中学の選手にも、準々決勝で勝つことができた。

嬉しかったけれど、あとから振り返るとそれは、あの8か月間で得たもののほんの一部だったなと思う。

 

高校でもまたバドミントン部に入ったけれど、あのときのようながむしゃらさは、もう戻ってこなかった。

 

 

都のたつみ 猫もすむ

今週のお題ゴールデンウィーク振り返り」

 

ゴールデンウィークが始まる前は、あれもやろう、これもやろうと思っているのに、始まってみれば猫をよしよししながら英気を養うばかりで、ほとんど何もできないまま終わってしまう。

 

それでも、ここ3年のゴールデンウィークは毎年、清澄白河に行っている。

好きな落語の会があるのだ。

 

瀧川鯉昇師匠と三遊亭兼好師匠の二人会。

2年前にたまたま見に行ったらとても楽しくて、「来年も同じ日の同じ時間にここでやります」と言われたので、個人的な恒例行事になった。

 

場所は深川江戸資料館の小劇場。

座席はちょっと狭いけれど、こじんまりとして舞台も近くていいホールだなと思う。

 

「ケンケンと鯉のぼり」というサブタイトルが、この時期らしくて楽しげだ。

鯉昇師匠の出囃子の「鯉つかみ」も、勢いがあってわくわくする。

そんな勢いのある出囃子に乗って高座にあがった後、にこにこするだけでしばらく口を開かないところがすてきな鯉昇師匠。

陽の気のあふれる兼好師匠に「せっかくのお休みにこんなところに来てていいんですか?」と笑顔で言われてしまうのも良い。

 

落語はもちろん、仲入り後のおしゃべりのコーナーも楽しい。

前回何の話をしたかおふたりとも覚えていなくて、そのせいかいつもトイレの話ばかりしていて笑ってしまう。

 

終演後は、天気がよければ周辺を散歩する。

観光地と比べてそこまで混んでいないし、おいしいコーヒーの店もいろいろある。

ただし、ブルーボトルコーヒーはいつも恐ろしく混んでいる。

あと、おいしそうな深川めしのお店にもいつも行列ができているので、まだ挑戦できていない。

 

元気があれば隅田川を渡って、日本橋のほうまで足を延ばすこともある。

スカイツリーも見えて、たまにカモメの鳴き声も聞こえたりする。

毎日こうやってのんびり歩きながら、八っつぁんに熊さんに横丁のご隠居さんのことを考えていられたらいいなと思うけれど、残念ながらそうもいかない。

 

ともあれ、仕事のトラブルもなく、大きな不調もなく(猫も人間も)、ゆっくりと休めたのはありがたいなと思っている。

 

深川江戸資料館にすむ猫の「まめ助」

本とコーヒーと少しの英語

今週のお題「コーヒー」

 

もうずいぶんと前のことになるけれど、大学でコーヒーを飲みながらいろいろな話をした時間は、贅沢で幸せな時間だったなと、折にふれて思い出す。

 

自分の通っていた大学では、3年になるとゼミに所属して、そこで研究テーマを決めて卒論を書くことになっていた。

その頃はまじめに勉強していなかったし、学内に友人もほとんどいなかったし、将来の展望もなかったので、どのゼミにもこれといった興味をもてなかった。

 

結局、小説を読むのが好きだったのと、英語の勉強はもう少し続けたいなというぼんやりした動機で、学部の専門分野とはあまり関係のない、英文学のゼミに希望を出した。

 

同学年の学生はひとりもいなかった。

 

先輩もひとりしかいなかった。

先輩はMさんといって、4年生だったけれど、年齢はひとまわり上だった。

一度卒業していろいろな仕事をした後、英語の教員免許を取るために大学に入り直したとのことだった。

 

先生は還暦近くて、父親と同じくらいの年齢だった。

先生の授業を受けたこともない、先生の研究内容に興味があったわけでもない、ずいぶんと失礼な学生を、にこにこと迎えてくださった。

 

毎週金曜日の午後に、3人で分厚いオックスフォードの英英辞典をめくりつつ、ワーズワーステニスンの詩を読むという、ちょっと浮世離れした時間が始まった。

 

Mさんは喫茶店で働いていたことがあって、コーヒーにこだわりがあり、いつもゼミが始まる前にみんなの分を淹れてくださった。

それまではコーヒーを飲む習慣があまりなかったけれど、上手な人に淹れてもらうとおいしいものなんだなと、しみじみ感動した。

 

ちなみに、Mさんがお休みのとき、見よう見まねでコーヒーを淹れて先生にお出ししてみたら、なんだか微妙な空気になってしまったことがある。

先生はやさしいので、「うーん」とか「これはちょっと」みたいなことは言わない。

でも、Mさんの卒業後にコーヒー係を引き継いだ記憶はないので、相当に微妙な味だったんだろう。

 

ゼミの後は、大学の近くにある喫茶店に寄って、またコーヒーを飲みながら(たまにケーキもいただきながら)雑談をする。

 

ブラッド・ピットの映画にワーズワースの詩が出てくるから見てみるといいとか、「蛍の光」の歌詞は原曲であるスコットランド民謡の歌詞とは全然違うとか、『ヴェニスの商人』のバサーニオみたいな男と結婚したいかどうかとか、とりとめもない話。

 

先生やMさんと比べて、知識も常識も圧倒的に不足していたので、おふたりの話についていけないことも多かったし、たいした意見も感想も言えなかったけど、楽しかった。

 

先生はいろいろな本もすすめてくださった。

その中でも、「何の役にも立たないけど、『モンテ・クリスト伯』は本当におもしろい。やっぱり、本を読む楽しさは大事にしてほしいなあ」とすすめてくださったのが、心に残っている。

役に立つ本もそうでない本も、きっと想像もつかないほどたくさんの本を読んだ上で、「これは本当におもしろいから読んでごらん」と言えるのは、すてきなことだなと思った。

 

卒業後はまったく関係のない仕事についてしまい、まじめに英文を読むことは少なくなってしまった。

でも、本を読む前にいそいそとコーヒーを準備するのは、あれからずっと習慣になっている。

あの頃に比べれば、少しはおいしく淹れられるようになっているんじゃないかと思う。

 

Lotusのカラメルビスケットがあるとなお良い

 

いつまでもあると思うな本屋さん

今週のお題「本屋さん」

 

よつばと!』の最新巻が発売になった。

 

もう15年以上読み続けている大好きな漫画だ。

 

よつばと!』は電子書籍がないので、いつも紙の本を買っている。

前の巻が発売された頃(なんと4年前だ)、作者さんが「電子版は準備中で、次の巻が出る頃には出したい」と言っていたのに、いったいどうなってしまったのか。

 

 

予約して配達してもらおうかと考えたものの、なるべく早く読みたかったし、発売日に在宅勤務するのか出社するのか曖昧だったので、どちらにしても仕事終わりに買いに行けばいいかと軽く考えていた。

 

結局出社したのだけれど、出社してあらためて、自宅から職場までの動線上に本屋さんがなくなっていることに気がついた。

 

自宅から10分ほど歩いたところに本屋さんはあるけれど、最寄り駅とは逆方向だ。

最寄り駅のすぐ近くにあった本屋さんは、去年閉店してしまった。

職場のすぐ近くにあった本屋さんも、けっこう前に閉店している。

仕事で外出したので、外出先の近くにあったらいいなと思って検索してみたけれど、なかった。

乗換駅の近くにあったらいいなと思って検索してみたけれど、なかった。

 

結局、仕事帰りに職場の最寄り駅とは逆方向に少し歩いて、大型書店に寄って購入した。

 

好きだった本屋さんが閉店したり、書店が減っているというニュースを見聞きするたびに、せつない気もちになっていたけれど、本屋さんがなくなるってこういうことだよなと、あらためて実感した。

 

小さい頃から本が好きだし、本屋さんという空間も好きだし、微力ながら貢献したいとは思いつつ、自宅の狭いスペースを考えると電子書籍で買ってしまうことも多く、微力だったものがますます微力になってしまっている。

 

そう考えると、『よつばと!』の電子版が出たとしても、紙で買い続けたほうがよいかもしれない。

 

そもそも次巻の発売はいつになるのか。

また4年後なのか……。

 

せっかく書店のオリジナルブックカバーがあったのに、もらいそびれてしまった