ささやかな話

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右に曲がろうとする意志

教習所でいちばんお世話になったE先生の話を書いたが、E先生以外にも、いろいろな先生からいろいろなことばをいただいた。

中でも、Y先生のことばは折にふれて思い出してしまう。

 

路上に出て3回目のことだった。

幹線道路の右折レーンの先頭で信号待ちをしていて、信号が変わって発進しようとしたときにエンストした。

急いでエンジンをかけ直そうとしたものの、あせって余計にうまくいかない。

結局、右折できないまま信号が赤になってしまった。

後続の車には先生が代わりに謝ってくださったが、いたたまれない思いだった。

 

その後も何度も失敗し、落ち込みながら所内に戻ってきて駐車したところで、先生がおっしゃった。

 

「甘木さんからは、右折のときに『右に曲がろう』とする意志が感じられない」

 

右に曲がろうとする意志

 

「君はなんとなくハンドルを右に切れば、車が右に曲がると思っている。そういう運転をしている」

「明確な意志と目的を持って練習しないと、君は絶対にうまくならないよ」

 

人生を全否定されている気がした。

何の自慢にもならないが、明確な意志と目的を持って何かをしたことはほとんどない。

 

くらくらする頭のまま、いつものカフェへ向かった。

教習所の近くにあって、よく立ち寄っていたカフェだ。

ほどよい広さで、いつもほどよく混んでいて、落ち着いて食事もできるし、ひとり反省会もできる。

 

おいしいごはんでエネルギーを補充して、お会計をしようとレジに行ったところで、なんと財布がないことに気がついた。

Suicaと小銭入れは持っていたので、そのときまで気づかなかったのだ。

 

弱り目に祟り目とはこのことか。

自分が悪いんだけど。

 

「すみません、財布を忘れてしまったみたいで……」とおそるおそる切り出すと、

「大丈夫ですよ、いつも来ていただいているんで、次の時でも」とスタッフさんがやさしく言ってくださった。

 

顔を覚えられているとは思っていなかったので驚いたけれど、とてもありがたかった。

 

少し時間をいただくことにして、ダッシュで家に戻り(幸いなことに財布は家にあった)、再びカフェまで戻って、平謝りしつつお会計をした。

 

あのカフェももうなくなってしまったけれど、あのときのスタッフさんがお元気でいらっしゃるといいなと思う。

 

ちなみに、その後の教習でY先生に再会したときには、先生から「甘木さん、覚えてますよ」と言われてしまった。

こっちは忘れていてほしかった。

 

結局、運転はうまくならないまま諦めてしまったし、明確な意志と目的を持った生き方もいまだにできていない。