ささやかな話

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弱小バドミントン部のささやかな逆襲

今週のお題「部活」

 

中学生の頃は、部活のためだけに学校に行っていた。

 

と言っても、たいした結果が残せたわけではない。

いつも地区大会1回戦負け、良くて2回戦負けが続いて、最後にやっとベスト4に入れただけだ。

 

それでも、あれだけがむしゃらに何かに取り組むことはあのときにしかできなかったし、貴重な時間だったなと思う。

 

入部した当初は、頑張るつもりはまったくなかった。

運動は好きだったけれど、体育会系の上下関係には馴染めそうになかったし、ハードな練習もしたくなかったので、いちばんゆるそうなバドミントン部を選んだ。

同じようにゆるさを求めた人が多かったのか、1年生だけで30人くらいの部員がいた。

 

体育館はバスケ部やバレー部や卓球部と共同で使うことになっていて、何しろ圧倒的に弱いので、優先的には使わせてもらえない。

全面(コート3面)使えるのが週1回、半面(コート1面半)使えるのも週2回くらいだった。

 

体育館が使えない日は、外でランニングや筋トレをする。

筋トレはつまらないので、みんなさぼりがちになる。

先輩も幽霊部員ばかりでほとんど顔を出さなかったので、さぼってもとくにお咎めはない。

 

体育館が使える日でも、一気に30人が集まると芋洗い状態になって、なかなかコートに入れない。

コートの外でシャトルリフティングをしたり、壁打ちをしている時間のほうが長くなる。

そんな調子だったけれど、みんな下手なりに楽しくシャトルを打っていた。

 

変わったのは、2年生の秋のことだ。

 

地区大会ベスト4の中学と対戦したとき、そこの応援団にけっこうな勢いで野次られたのだ。

負けるのはいつものことだったけれど、試合に出ていない人にまでこんなに馬鹿にされるのかと驚いたし、悔しかった。

帰りに喫茶店でめそめそしながらピザトーストとチョコサンデーを食べて、もっと強くなるために有志で朝練をしようと誓い合った。

 

映画や小説だったら、ここから弱小バドミントン部の逆襲が始まるところだけれど、現実はそうはいかない。

 

まず、朝でもやっぱり体育館が使えない。

 

関東大会の常連だった卓球部が毎朝練習していたのだ。

せめて週2回、コート1面だけでも使わせてもらえないかと掛け合ったが、却下されてしまった。

卓球部の実績が眩しかった。

 

仕方なく学校の近くの公園に集まったものの、シャトルはとても軽いので、少しでも風が吹くとあさってのほうに飛んでしまい、ほとんど練習にならない。

 

シャトルなしでもできることをひたすらやる。

ランニング、筋トレ、素振り、フットワーク。

いまなら動画でいろいろ調べられるけれど、当時はネットすらなかったので、『バドミントンマガジン』を折半で購入して、解説記事を熟読して、ああでもないこうでもないと話し合ってメニューを決めていた。

 

目標ができると筋トレも面白くなって、外練もまじめにやるようになる。

家でも毎日、腹筋・背筋・腕立て伏せ・スクワットを続けた。

父親は誕生日に4kgの鉄アレイをプレゼントしてくれた。

しかしそこまでムキムキになった記憶もないので、きっと鍛え方が間違っていたんだろう。

 

冬の間は相変わらず勝てなかった。

寒くなるにつれて、朝起きるのも億劫になる。

布団の中から出たくない。

さぼったら罰ゲームとしてお菓子をおごることに決めたけれど、やっぱりみんな何度か寝坊してしまった。

 

それでも、誰も「もうやめよう」とは言わず、春まで続けた。

 

それを先生たちが知ってくれたのか、引退前の2か月だけ、朝練で体育館を使う許可が下りた。

風もなく、広々と使えるコートのすばらしいことよ。

 

最後の地区大会の結果は、冒頭で書いたとおりだ。

それまで負け続けていたのが嘘のように、あれよあれよという間に勝ち上がった。

野次ってきた中学の選手にも、準々決勝で勝つことができた。

嬉しかったけれど、あとから振り返るとそれは、あの8か月間で得たもののほんの一部だったなと思う。

 

高校でもまたバドミントン部に入ったけれど、あのときのようながむしゃらさは、もう戻ってこなかった。